技術TOPインタビュー

技術TOPインタビュー 取締役常務執行役員 開発・技術本部長 鳥羽 英二の写真
※役職については、取材当時のものです。

2024年3月期をどのように評価していますか?

テイ・エス テックグループは、常にお客さまの期待を超え、ユーザーに感動をもたらす技術開発に取り組んでいます。現在、自動車業界は100年に一度とされる大変革期の最中にあり、当グループが2023年3月期に開催した「次世代車室内空間発表会(以下、発表会)」では、国内外のお客さまに向けて、EV化や自動運転が進んだ次世代車室内空間における新たな価値の提案を行いました。

第15次中期経営計画(2024年3月期~2026年3月期、以下「第15次中期」)の初年度にあたる2024年3月期は、お客さまの要望や潜在的なニーズを深掘りし、次世代シートの技術開発を加速させました。当初、2029年~2030年にお客さまが販売を予定している車種をターゲットに開発を進めていた技術のうち、いくつかの技術は前倒しで採用が決定するなど、次世代技術開発の成果が表れはじめた1年だったと感じています。具体的には、シートに内蔵した振動デバイスを活用するADAS(Advanced Driver Assistance System:先進運転支援システム)関連の技術や、従来品よりも原価を抑えつつ快適なシート温度を保つAVS(ActiveVentilated Seat)などを採用いただいています。当グループがお客さまニーズに寄り添い、技術開発を進めてきた成果であると認識しています。

技術開発領域では「キャビンコーディネート機能の獲得」「環境技術開発の推進強化」などを第15次中期の重点戦略に掲げ、さまざまな施策に取り組んでいます。シートだけでなく内装全体でクルマに乗る人が快適に過ごせる車室内空間を提案する企業へと変革することを目指す「キャビンコーディネート機能の獲得」については、主要顧客である本田技研工業株式会社と密な連携を図りながら進めています。お客さまの次世代自動車に対する戦略や要望を的確につかみ、当グループの考えや独自技術を盛り込むことで、お客さまニーズを上回る、魅力的な次世代車室内空間の実現を目指していきます。

また、当グループでは、これまで培ってきたシートアレンジに関する技術やノウハウを活かし、新規商権の受注拡大を推進しており、新事業統括本部の指揮の下、全世界のお客さまをターゲットとした戦略的な営業活動を展開しています。2024年3月期は、スズキ株式会社の新型「SPACIA」のリアシート生産を開始しており、これを皮切りにさらなる商権獲得を目指すべく、お客さまのニーズをこれまで以上にくみ取った技術提案を進めています。また、今後も成長が見込まれているインド市場において、同社とのさらなる連携を図っていきます。

自動車メーカーは、各社が世界のさまざまな場所で、多様なバックグラウンドを持つサプライヤーと連携して生産活動を行っています。したがって、全ての車種をターゲットとして闇雲にアプローチしても、商権獲得に結び付けることは困難です。これまでは、手広く新規商権を狙いすぎていました。各案件の「選択と集中」により、商権獲得の可能性を見極めながら、お客さまの実車を用いた具体的な技術プレゼンテーションなど、効果的な施策を展開していきたいと考えます。

環境技術開発についても、早期製品適用に向けた手応えを感じています。当グループでは、以前から植物由来の原料を活用した環境負荷の少ないサステナブルシートの開発に取り組んできましたが、これまでは「座り心地が変化してしまう」、さらには「コストがかさんでしまう」といった問題が実用化の壁となっていました。こうしたネガティブな面を解決すべく、シート構造の工夫に取り組んできた結果、お客さまからターゲット車種を絞り込んで前向きに採用を検討いただける段階になってきました。

競争力の基盤となる技術、製品を教えてください。

当グループは、これからの車室内空間を創造するために、「安全」「環境」「魅力商品」を軸とした研究開発活動を行っています。

クルマづくりに関わるメーカーにとってトッププライオリティである「安全」については、私たちは常に業界を先駆けてきたと自負しています。具体的には、衝突時の衝撃を忠実に再現する「ダイナミックスレッド試験機」を日本で初めて導入し、乗員の「安全」を守る技術を追求し続けてきました。2000年代に入ると、主要顧客である本田技研工業株式会社向けに乗員の頸部への衝撃を緩和する「アクティブヘッドレスト※1」を開発し、衝突時の安全性向上に大きく貢献しています。その後、安全性を向上させるフレーム構造などの研究開発を加速し、現在では当社製品を搭載する全車種が、世界中の自動車アセスメントにおけるシートに関連する安全性能で最高評価を獲得するなど、当社製品は世界トップクラスの安全性能を誇っています。

「環境」については、材料領域と構造領域の2つの側面から環境負荷低減に取り組んでいます。材料領域では、化石燃料を使わないサステナブルマテリアル(植物由来の材料)の適用やモノマテリアル※2化を推進しています。構造領域では、製品の易解体構造化によるリサイクル促進を目指しています。シートにはさまざまな部品が取り付けられていますが、ハーネスなども含め部品のモジュール化を進めることで、簡単に解体ができる構造を実現していきます。

ロングスライドレール
簡単な操作でどこに座っていても広い空間を生み出すロングスライドレール

「魅力商品」については、EV化をはじめとする時代のニーズを的確に捉えながら、さらなる快適性を提供するためにさまざまなテーマに取り組んでいます。

EV化により、シートに求められる要件が変化してきています。床がフラットに使えるバッテリーEVにおいて、自由なシートアレンジによってリビングのようにくつろげる空間を目指し、1つの長いスライドレール上に2脚のシートを搭載する技術を開発しました。

  • 1 後方衝突時、体でシートが強く押される反動を利用してヘッドレストが前方移動し、頸部ダメージを大きく軽減する機構
  • 2「 単一素材」の意味。製品や部品が単一の素材でできていることでリサイクル性が向上する

これにより、シートの移動範囲が格段に広がり、簡単な操作でどこに座っていても広い空間を生み出すことができます。他にもEVでは、その電費を高めるために、走行時の空気抵抗を抑える技術が重要視されます。当グループはより低く、空気抵抗を抑えた車両デザインの実現に貢献する薄型シート回転機構部品を開発しました。従来品に対して小型(小径)化した上、厚みは約30%抑えており、着座位置の上昇を抑えつつ、足元スペースを大きく確保できるつくりとしています。

薄型シート回転機構部品
より低く、空気抵抗を抑えた車両デザインの実現に貢献する薄型シート回転機構部品

また、当グループでは、車内で過ごす時間に新しい価値を生み出す製品を追求しています。その一つが、座るだけで健康をサポートする「ヘルスケアシート」です。生体センシングを搭載したこのシートは、乗員が座ると姿勢を自動認識して筋肉をマッサージし理想的な姿勢への改善を促したり、乗員のバイタルデータ(脈拍、心拍)を計測し、体調の変化を予兆する機能を持っています。早期の製品適用に向けて、よりリアリティがあって、ユーザーの心を揺さぶるマーケティングを展開していきます。

ヘルスケアシート
理想的な姿勢への改善を促すヘルスケアシート

紹介したような魅力商品については、継続してブラッシュアップを図り、本格的な事業化を目指していきます。しかしながら、魅力商品を活かしてキャビンコーディネート機能を獲得し、ビジネス拡大につなげていくためには、取り組まなければならない課題があります。それは、システム開発力の強化です。具体的には、シートをはじめ、エアコンなどキャビン内の機器をコントロールするECU(Electric Control Unit)をつくる技術を手の内化していく必要があります。現在クルマには、車両のさまざまなシステムや機器を制御するために、多数のECUが搭載されています。それらのうち、シート周りを統合的に制御するECUを供給することを目指しています。多くの機器の制御を1つで担う統合ECUは、ハーネスの削減や軽量化、アップデート対応などに貢献し、自動車メーカーからも大いに期待されているデバイスです。各自動車メーカーと開発プロジェクトを進めていく中で、各社と関係の深いソリューションプロバイダーと円滑に協業し、統合ECUの開発に取り組んでいきたいと考えています。ECUの事業では、これまでのようなハードでなくソフトを販売するビジネスも構想しています。

ECU構成のイメージ
ECU構成のイメージ

開発品質や開発効率向上のためにどのような取り組みをしていますか?

当グループが高品質で魅力的な商品を持続的に創出していくには、信頼性の高い体制や仕組みの下で、開発活動を推進していかなくてはなりません。時代や環境の変化とともに働き方が多様化する中、開発業務の在り方にも変化が生じていますが、クルマに乗る人の「安全」に関わるメーカーとして、「品質」は最重要項目です。開発品質向上には設計段階での検証作業が不可欠であり、各領域のエキスパート人材によるレイアウト検証を強化しています。この取り組みは、三現主義※3に基づき、該当する分野に知見のある人材が開発段階で機能性、安全性、快適性、コストを徹底的に検証するものであり、開発品質の向上につながります。

さらに、デジタルツールによる設計業務の効率化に取り組んでいます。最新の3D CADツールに過去のトラブル情報、失敗事例をリンクさせて、担当者がスムーズに設計を進めることができるシステムを導入しました。今後は、設計業務に続いて、開発プロジェクト成功の鍵を握る開発マネジメント業務の革新にも取り組みたいと考えています。設計から試作、試験といった製品開発の一連のプロセスに伴う時間やコストを可視化し、開発管理を効率化するためのシステム整備を進めています。

  • 3 「現場」「現物」「現実」 の3つの視点から問題を総合的に分析し、課題解決や改善につなげようとする考え方

2025年3月期の目標や課題について教えてください。

2025年3月期は、当グループのコア領域であるシートやドアトリムに集中して、付加価値の高い商品を創出していきたいと考えています。より効果的な開発、営業活動を展開していくために、車室内空間全体を視野に入れつつも、ターゲットとする商権を絞り込んで、説得力のあるサンプルを作成し、ユーザーの喜びがイメージできるストーリーとともに提案していきます。

また、競争が激化している中国での勝ち残りを目指して、現地の開発体制の強化を図ります。お客さまの中国事業戦略に対応するだけでなく、現地自動車メーカーが求める品質とスピードにも対応するために、中国ローカルの人材を主体とする開発体制を構築、運用していきます。すでに新規顧客から商権を獲得しており、開発体制の一層の強化を図ることで、今後の受注拡大につなげていきたいと考えています。

さらに、開発戦略の点から最も重要となるのが、2024年11月に開催を予定する「次世代車室内空間発表会2024」です。前回の発表会では、お招きした自動車メーカーの皆さまからは、おおむね高評価をいただき、実際の商品採用につながった事例もあります。しかしながら、「斬新さに欠ける」「新興サプライヤーのようなワクワク感に欠ける」というご意見を少なからずいただきました。

取締役常務執行役員 開発・技術本部長 鳥羽 英二の写真

今回の発表会では、そうした声も踏まえた新たな価値提案を実車の中に具現化して展示する予定です。今までにない車室内空間を体験し、新しい発見をしていただきたいと考えています。

モノづくりを担う人的資本に関する考えを聞かせてください。

当グループは、企業理念の一つに「人材重視」を掲げ、企業成長を支える人材の採用と育成に注力しています。今後も新たな価値を創造し続け、持続的に発展していくためには、若手はもちろん、全年代で質・量ともに必要な人材を確保することで、安定した開発活動の基盤をつくる必要があります。ただし、専門的な技術を有する人材の獲得は容易ではありません。機械系、電気系の人材はもちろんですが、これから当社が推進していきたいと考えるECU関連のスキルを持つシステム・ソフトウェア系の人材は、周知の通り引く手あまたです。優れた人材の採用力を強化するためには、新しい勤務形態・条件も積極的に検討しなくてはならないと考えます。その他、新規商権の受注拡大の事業戦略を踏まえて、開発拠点を柔軟に配置していくといった取り組みも、人材獲得にプラスに働くのではないかと思っています。また、新たな人材の採用に努める一方で、現在当グループで働いている人材の能力を最大限に発揮させることも重要です。業務環境を改善し、開発の質とスピードを上げるべく、開発拠点のリニューアルなどを計画しています。

企業が価値創造力を強化するには、モノづくりを担う人的資本の多様性を高めていくことが大切だと考えます。これからのシートづくりに求められるスキルは多岐にわたるため、当グループが従来手掛けていなかった領域にも積極的に人的資本投資を行い、これまで以上に世界中のお客さまのニーズに寄り添った提案ができる企業への変革を目指します。