2025年08月04日
モノづくり
「乗員センシング技術 × eスポーツ」
新領域でコンディション可視化技術の有用性を実証!

当社では、自動車用シートの開発で培ったセンシング技術を応用して、
座っている人の「疲労度」や「集中力」を推定し、可視化する技術の研究開発に取り組んでいます。
その一環として、異分野であるeスポーツの世界へと一歩を踏み出し、
コンディション可視化技術の有用性を実証したプロジェクトメンバーにお話を伺いました。
Profile
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阿部 諒太郎
電装開発部
PL(プロジェクトリーダー)
2021年入社。電装開発部に配属。疲労度推定アルゴリズムの構築などに携わり、本プロジェクトでは全体を統括するPLを担う。
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松本 直也
電装開発部
価値証明・戦略担当
2015年入社。電装開発部に配属。心拍などの乗員バイタルセンシング技術の研究開発などに携わり、本プロジェクトでは可視化されたデータの価値証明に関する戦略策定を担当。
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田中 優樹
電装開発部
システム構築担当
2024年入社。電装開発部に配属。入社直後から本プロジェクトに携わり、仮説検証や実証実験用のシステム構築などを担当。
阿部当社ではこれまで、自動車用シートの付加価値の一つとして、乗員のバイタルデータ(心拍、呼吸など)をセンシングする技術の研究開発を行ってきました。開発においては、長らくセンシングの精度を追求していましたが、さらなる付加価値創出を検討していた際に、「計測したデータから、もっとできることがあるのではないか」 という次のステップへの探求心が生まれました。
そこでまず着目したのが自動車の運転にも関連する「疲労度」の可視化です。それまでのデータ収集の過程で、心拍と疲労度に相関性がありそうなことが分かっていましたので、AIアルゴリズム開発に強みを持つKICONIA WORKSさんと協力しながら、心拍データを用いた疲労度推定アルゴリズムの開発を進めてきました。加えて、シートメーカーとしての強みをより活かすために「着座時の体圧」 にも着目し、心拍と体圧の両面から「疲労度」を推定して可視化し、その情報に価値があることを証明する本プロジェクトがスタートしました。
田中今回開発を行ったのは、アルゴリズム構築、各種センサー、アプリケーション、ゲーミングチェアなど複合的な要素が盛り込まれたシステムです。そのため、システム構築にあたっては、部門や分野を超えた連携が必要となり、関係者間での調整や情報共有が重要となりました。そこで、各要素の担当者の意見や要求を適切に反映しながら開発を進めるため、体系的なシステム開発手法であるシステムズエンジニアリング※(以下、SE)を導入しました。
※複数分野にまたがる複雑なシステムにおいて、全体最適を実現するために、設計・開発・運用・保守を体系的に行う手法
当社は長らくシートやドアトリムなどのハードウェア開発を主としていたこともあり、SEのノウハウは多いとは言えず、慣れない取り組みに、難しさを感じる場面もありました。しかし、SEは今回のような複合的なシステム開発においては広く使用されている手法であるため、手慣れてくると社外の関係者との連携がしやすくなり、手戻り工数の削減や開発スピード向上といった効果が得られました。さらに、関係者の意見を体系的にシステムへ反映していくことで、各部門・分野の強みを結集したシステム構築が可能となり、非常に有効な手法であると実感しました。こうしてSEにより、eスポーツプレイヤーのニーズ、当社のセンシング技術やアルゴリズム構想、協力会社の技術などを掛け合わせて構築したのが、この疲労度推定AIシートです。
阿部 さらにeスポーツにおける研究開発に取り掛かると、プレイヤーから「集中力」もパフォーマンス向上に重要な要素であるという意見があがり、可視化対象として追加することとなりました。体圧分析においては、これまでの研究から「重心の変化が少ないほど集中している」という仮説は持っていたものの、心拍と集中力の相関性に関する知見は持っていませんでした。そこで、KICONIA WORKSさんとともに、さまざまな仮説の立案と検証を何度も重ねた結果、心拍データをベースとした集中力推定アルゴリズムも構築することができました。
もう一つ難しかったのが、心拍と体圧という二つのインプットからコンディション(疲労度・集中力)を推定することでした。当初は心拍データからコンディションを推定するアルゴリズムに、体圧データの情報を加える形で、一つのアルゴリズムモデルに統合しようとしたのですが、中々うまく機能せず、プレイヤーが実際に感じているコンディションとの乖離が大きくなってしまいました。そこで、独立した複数のアルゴリズムモデルを組み合わせて精度を高める“アンサンブル学習”という考え方を採用しました。心拍と体圧が示す身体の状態には違いがある可能性を考慮し、それぞれ個別にアルゴリズムモデルを構築し、出力された二つのデータを組み合わせて推定することで、精度の高いコンディション推定が可能となりました。
こうして完成したコンディション推定AIシートを使用し、e-Sportsカレッジの学生の皆さんご協力のもと、3カ月間の実証実験を行いました。その結果、アルゴリズム精度の高さ、コンディション可視化によって適切な休憩を取るようになるという行動変容、ひいては競技パフォーマンスの向上などの有用性を確認することができました。
松本自動車というフィールドを離れ、新しい領域に関わったことで多くの発見があり、視野が広がりました。計測精度の向上こそが商品価値を高める重要な要素だと考えていましたが、今回の経験を通じて、生み出した技術や成果をどのように価値として伝えるかという視点の重要性にも気付かされました。戦略面では、価値検証を終えたこの後こそが本番とも言える段階です。今後は、可視化されたコンディションを改善する機能を持たせた、より付加価値の高い商品開発を進めつつも、最終的には自動車用商品への技術フィードバックにつなげていきます。
田中私はシステム構築にあたり、SEの考え方を採用したことで、各部門から多くの意見が寄せられる中でも、プロジェクトの本筋を見失わず、優先順位をつけながら調整する力がつきました。さらに、理想の状態と現状を比較し、「今何が足りないのか」を逆算しながら物事を論理的かつ戦略的に考えて行動する力もつきました。これらのスキルをもって、今後も魅力ある商品開発を行っていきたいです。
阿部初めてプロジェクトを統括する立場となり、挑戦することばかりで苦労も多くありました。しかし、他部門や社外と密なコミュニケーションを図ることで、さまざまな課題を乗り越えながら、全体を俯瞰するマネジメント的な視点も養うことができました。そして何よりも大きな収穫として、自分たちの商品が持つさまざまな可能性に気付くことができました。私たちはモノづくりを通して、ユーザーにポジティブな行動変容をもたらすことができます。この考えを商品開発により一層取り入れていくことで、今後も世界中の方々に喜ばれる商品を届けていきたいと思います。