2024年03月18日
新機種紹介
乗る人全てに素敵な暮らしを提供する
あらゆる技術を結集したシート
Honda STEP WGN

2022年5月に発売された新型「STEP WGN」に、当社製シートが搭載されました。
運転席から3列目まで、それぞれ異なる性能が求められるミニバンのシート開発において、
安全性や快適性はもちろん、高い居住性や利便性を追求したプロジェクトメンバーの皆さんにお話を伺いました。
Profile
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綱川 博康
機種LPL室
LPL(ラージプロジェクトリーダー)
1988年入社。入社当初は工場に配属となり、その後は製品試験部門などを経験。3度の海外駐在を経て2016年に帰国後は、LPLとしてさまざまな機種を担当し、各プロジェクトを主導する。
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福原 浩二
第一設計部
設計PL(プロジェクトリーダー)
2001年入社。設計部に配属。新型STEP WGNでは、性能が異なる3列全てのシート開発を取りまとめる設計PLを担当。
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北條 和則
開発試験部
2列目シートアレンジ開発担当
2011年入社。開発試験部に配属。新型STEP WGNでは、居住性向上の要となる2列目シートアレンジの開発を担当。
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杉田 達弥
電装開発部
給電デバイス開発担当
2014年入社。電装開発部に配属。新型STEP WGNでは、自社製品として初めて搭載された給電デバイスの開発を担当。
どのようなコンセプトで開発されたのでしょうか。
綱川STEP WGNは初代モデルの登場時から、単なる移動手段ではなく、家族で利用し生活を豊かにしてくれるアイテムとしてユーザーの皆さまから愛されてきたモデルです。そうした背景もあり、お客さま(Honda)からは今回のモデルにおいて「#素敵な暮らし」をグランドコンセプトに設定いただき、開発がスタートしました。素敵な暮らしを実現するためシートに求められたのは、ご家庭のリビングのように居心地の良さを感じられる居住性と、あらゆるシチュエーションに対応できる高い利便性です。その要求に応えるべく、私たちは家族一人ひとりが自分の居場所を自由に作れるよう、さまざまなシートレイアウトの実現と乗降時の操作性などにこだわりました。
STEP WGNは購入層の多くがファミリーユーザーであり、そのニーズは多岐に渡ります。そのため、あらゆる家族構成や使用方法を想定しつつ、これまでにユーザーの皆さまからいただいていた多くの声を反映しながら開発を進めていきました。
例えばSTEP WGNのようなミニバンでは、お母さんが運転をして、小さいお子さんを2列目のチャイルドシートに座らせるというケースがよくあるのですが、お子さんの様子が気になってしまうという声が上げられていました。
そこで2列目シートに先代モデル比で約250㎜延長した前後スライド機能と、新たに搭載した左右スライド機能を掛け合わせ、いつでもお子さんの様子を確認できて手が届くというシートレイアウト(図1)を実現させました。また、そのケースでは2列目シートを動かすのもお母さんということになるので、誰でも簡単に操作できる工夫を各所に凝らしています。
その他にも、2列目シートを一番後ろに下げ、天井に設置したモニターをくつろぎながら観る、シアターモードのようなケースなども想定して開発を進めました。
福原性能を高めるだけでなく、高いコスト競争力を実現することも意識しました。完全にゼロから設計をするのではなく、これまでにご好評をいただいているシートから基本仕様を踏襲しつつ、新型STEP WGNにあった仕様へと細かな変更を加えていく開発手法を取ることで、開発工程だけでなく量産時の生産工程においても過剰にコストがかからないようにしています。具体的には、フロントシートでは「次世代シートフレーム※」を使用している他、3列目シートでは先代モデルの基本設計を活かしています。それぞれ元々の設計思想としては、他機種を想定した汎用性を持っていたものの、新型STEP WGNのシートとして求められる性能にするためには、部分的な設計変更やさまざまな検証が必要となります。設計視点で考えれば、搭載機種を定めて新規設計をした方が容易なこともあるのですが、あえて既存の設計を活かすことで、コスト競争力を維持することができました。
※素材や溶接手法を見直すことで従来フレーム比約28%の軽量化を実現した、コンパクトカーからSUVまで当社の幅広い車種に採用されるフレーム(シートの骨格部分)。
それぞれのシートにはどのような特徴があるのですか。
福原まず、フロントシートについては、座り心地の良さでご好評をいただいている次世代シートフレームを使用したことに加えて、車体へのシート取付角度を先代モデルより2度後ろに傾けています。これにより、乗員はより深くシートに座り、疲れにくい運転姿勢を取ることができるようになりました。家族のための車とされがちなミニバンにおいても、運転者の快適性を考えた結果ですね。さらにシートヒーターについては「速暖ヒーター※」を採用し、冬場の快適性を向上させています。
※当社が開発した、ヒーターの消費電力を抑えつつ、より早く乗員を温めることができるシステム
3列目シートでは、先代モデルでもお客さまから高い評価をいただいていた「マジックシート」の機能(図3)はそのままに、座り心地の向上を図りました。具体的には座面クッションの厚みを21㎜増やしているのですが、それに応じて着座位置が変化してしまうと安全性に影響が生じてしまいます。そのため、シートの形状やクッションの硬さ、フレームの位置などを少しずつ変えながら、座り心地を向上させつつ安全性を確保するためにはどうすればよいのか、検証を重ねました。
2列目シートにはどのような工夫が込められているのでしょうか。
北條柔軟なシートレイアウトによって車室内空間をより活用できるよう、STEP WGNとしては初めて横方向(左右)のスライド機能を搭載しました。さらに前後と左右のスライドを1本のレバーで操作できる機構も採用し、レバーを持ち替える煩わしさを無くしました。1本のレバーに二つの機能を持たせようとすると、重みのある操作感になってしまいがちなのですが、それでは利便性が失われてしまいます。そこで私たちは、周辺構造を徹底的に見直し、前後スライド時のレバー操作は軽く、左右スライド時には少し重く、というように操作感に差をつけて直感で操作できる機構を完成させました。(図4)
前後スライド時の操作感にも当社のこだわりが込められています。先代モデルでは誰でも楽に操作ができるよう、スライド時の軽さをアピールポイントとしていたのですが、その点はご好評いただいていた一方で、一部では着座時の前方への移動速度が速く、不安感があるといった声がありました。そこで、シートの根本に組み込まれたローラーのような部品に手を加え、着座時の後方スライドや非着座時の前後スライドの軽さは維持しながら、前方への移動速度だけを抑える特殊なレール構造を採用しました。
杉田シート本体だけでなく、2列目シートへ電力を供給する給電デバイスについても、当社の製品を採用いただいています。これはスライド用のレールと並べて床面に設置されるレール形状の部品なのですが、今回初めて自社開発を行い、お客さまの求める性能とするためにあらゆる試行錯誤を重ねました。床面に設置されるということは、例えばハイヒールなどで局所的に踏みつけられても変形せず、ジュースやお菓子などの異物が入っても壊れない耐久性などが求められます。特に液体が給電デバイスの通電部分を侵してしまうと、場合によっては発火につながるため、異物が給電デバイス内に入り込んだとしてもスムーズに排出される構造を追求しました。(図6)
この給電デバイスには、他社製に対して重量は65%軽く、レール断面積は56%小さいといった車両搭載上の優位性があります。それだけでなく、将来的に他の機種へ搭載することも見据え、電装部品を多く搭載したフルスペックのシートへ通電させられる拡張性も兼ね備えています。今後、自動運転の高度化や電気自動車の普及が進み、これまでと違った車室内空間が求められていく中、こうしたシート以外の部品の重要性は増していくことが予想されます。今回、給電デバイスを採用いただきましたが、少しずつお客さまへ提案できる領域を拡大していくことが、当社の強みにつながっていくと考えています。
他にはどのような技術が採用されているのでしょうか。
綱川今回から横スライド機能を採用したことでシートベルト一体型のシートとなったのですが、これには当社が先行開発していた最新の2列目シート用フレームを使用しています。このタイプではシートベルトの取付箇所が車体ではなくシートとなるので、強度を保つために通常タイプに比べて重量が重くなりがちであるという課題がありました。そこで最新フレームでは部品形状や基本構造を徹底的に見直し、強度を確保しながら材質変更や材料の厚みを最小化することで、類似機能を有する従来機種のフレームに比べ、約28%の大幅な軽量化を実現しています。
福原それ以外にもグレードによっては、2列目シートにも速暖ヒーターを搭載した他、歴代モデル初となるオットマンも搭載されています。オットマンは座面と一体となった幅が広めのものを採用することで、リラックス姿勢時の快適性を格段に向上させています。このオットマンの仕様については、開発時点でお客さまからご好評をいただいており、実際にユーザーの皆さまからも喜んでいただけるのではないでしょうか。
また、ユーザー目線での安全性にも気を配り、細かい機構を設けています。オットマンが展開している状態で最前までスライドしてしまうと、足がフロントシートとの間に挟まれてしまうため、展開時は前方スライドが制限されるロック機構をシート本体に設けています。さらに、フロントシート背面のテーブルは取付部の部品を見直し、接触すると上方向へ逃げる仕組みになっています。特にお子さんは顔の高さがテーブルと近いので、万が一ぶつかってもけがをしない構造を心掛けました(図7)。安全性を語る際には事故時の乗員保護性能ばかりがフォーカスされがちですが、こうした個別のケースに伴う危険性に対しても真剣に考えているのが、当社の安全性へのこだわりですね。
綱川振り返ると、開発途中から新型コロナウイルス感染症の拡大により、メンバーがなかなか集まることができず、思うようにプロジェクト進行ができないという場面にも直面しましたが、そうした状況下においても自分たちの置かれた難局をどう乗り越えるか考え、コミュニケーションを欠かさずに開発を続けてきたことで、無事に製品を世に送り出すことができました。
今回の開発では、軽量化や省スペース化、高いコスト競争力といったお客さまのニーズを満たしながら、「#素敵な暮らし」を実現するには何が求められているのかを考え尽くし、当社の誇るあらゆる技術を投入したことで、他社に負けない安全性と快適性を実現できたと自負しています。ユーザーの皆さまにもきっとご満足いただける仕上がりになっていますので、ぜひ安全で快適な車室内空間をご体験ください。そして、このシートが皆さまの「#素敵な暮らし」の一助となれば幸いです。