2024年03月18日
新機種紹介
“スーパースポーツ”の名に恥じないシート
Acura NSX
先進技術を融合させて、新たな走りの喜びを提案する新型「NSX」に搭載されている
シート(座席)の開発について、プロジェクトメンバーにお話を伺いました。
Profile
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ダン シマンスキ
チーフエンジニア
LPL(ラージ プロジェクト リーダー)2007年、米州統括会社に入社。各セクションマネージャーと共に製品企画部門を立ち上げ新機種開発に携わる。今回のプロジェクトではLPL(ラージ プロジェクト リーダー)を担当。
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井上 貴之
チーフエンジニア
2002年テイ・エス テック入社。設計部門にてシート設計を担当。2012年よりアメリカに駐在。今回のプロジェクトではシートの設計領域の取りまとめを担当。
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生澤 晃
チーフエンジニア
2001年テイ・エス テック入社。試作技術部門にて試作を担当。2012年よりアメリカに駐在。今回のプロジェクトではシートの試作領域の取りまとめを担当。
シマンスキお客さまから提示されたNSXの開発コンセプトは、「人を中心に考えられた設計」であり、高性能かつ、ドライバーにとって扱いやすく、より快適でありながら安全性を兼ね備えるというものでした。
そのコンセプトを踏まえたシートを開発するにあたり、NSXはスーパースポーツモデルなので、高次元での旋回速度でも乗員の身体をしっかりと支えるホールド性が非常に重要となりますが、合わせて高い快適性も両立することを目指しました。
ベンチマークに設定したスーパースポーツモデルのライバル車のシートをいくつか研究しましたが、それらの多くがサーキットを走るときは非常に優れたホールド性を発揮している反面、若干快適性が犠牲になっているようにも感じました。
一般的にホールド性のみを追求してしまうと快適性は損なわれやすくなります。どちらか一方だけを満たすのはそれほど難しくないのですが、ホールド性と快適性の両方を高い次元で両立するのは非常に難しく、快適性にこだわり当社が培ってきた技術・ノウハウを注ぎ込んでいます。
生澤特にこだわったのはボルスター部分で、柔らかさの違うウレタン材を幾層にも重ねて使い、ドライバーの体格差を吸収しつつ、スポーツドライビングに最適なホールド性を実現しています。
合わせて、高級車としての風合いを最大限に引き出すために、そのボルスターには通常の2~3倍の厚みのあるワディング材※2を使用しています。これにより、乗り込んだ際の初期タッチが柔らかく高級車としての上質なフィーリングを感じてもらえると思います。
ただ、厚みがある素材を使うと、見た目がボテっとするため、デザインコンセプトの「シャープさ」を再現するのには苦労しましたね。
※2 ワディング材 … 表皮材とウレタン材との間にあるスポンジ状の素材
生澤フラッグシップとなるスポーツカーですので、お客さまのスタイリングへの想いも強く、シートに関しても、シンプルな構成ながら複雑な面形状が求められました。
デザインにネガ形状(図1参照)の部分もあったのですが、試作するとトリムカバー※3を被せる際に、どうしても表皮が浮いてしまったり、また、浮かないようにするため表皮を強く張ると形状が潰れ過ぎてしまいました。
縫製箇所等を試行錯誤してもやはり浮いてしまうところは、手間がかかりますが接着工法を部分的に使ったり、コンセプトを崩さずにデザインを再現する方法を探りました。
その甲斐あって、ネガ形状を上手く再現し、デザイナーの想いに応えた性能とシャープなスタイリングを満たすシートに仕上がっていると思います。
※3 トリムカバー … シートの表皮形状に合わせて布地を裁断・縫製したもの
井上臀部(お尻)を支える箇所には、アルミ板をプレス成形したフレーム構造を採用しており、鉄と比べると1kg近く軽量化が図れました。
また、お客さまから「車高やヒップポイント※7を最大限低くしたい」との要望があり、この構造の採用によって、軽量化とともにヒップポイントを下げることができました。
ヒップポイントを下げることが難しい理由は、臀部を支えるフレームを低く設置してしまうとシート座面内部のスペースが限られ、ワイヤーハーネス(配線)やその他機構を収める場所が無くなってしまうためです。現代のシートには、サイドエアバックやシートの位置・角度調整用のモーターなど電子デバイスが多く、それらをコントロールするため、ウレタンの下にはワイヤーハーネスが張り巡らされおり、シートが可動する際の干渉などまで配線が綿密に設置されています。
シマンスキNSXは価格帯が高いモデルのため、求められる期待値もとても高く、外観品質についても今までにないくらいこだわっています。
例えば、表皮素材は、標準仕様でもミラノレザーやアルカンターラ®と呼ばれる高品質なものを使っています。また、セミアニリンレザーと呼ばれる、欧州の高級車などで採用されている高級なレザーを採用したハイグレード仕様も開発しました。
セミアニリンレザーは、表面塗装※8が通常より薄い仕上げとなっているため、革本来の風合いや柔らかな肌触りを感じられると思います。
通常の革は、小さな傷であれば、表面塗装等の加工工程で見えなくなりますが、セミアニリンレザーは塗装が薄い分、ごくわずかな傷でも目立ってしまいます。そのため、通常より厳しい表面状態の検査を行い、スムースで上質な部位を選別しています。
※8 表面塗装 … 自動車用シートのレザーには、直射日光や衣服との磨耗などからの耐久性を持たせるため、しっかりとしたコーティングが施されているものが一般的。塗装が厚いと丈夫になるが、革本来の風合いは損なわれてしまう。
井上前モデルのNSXのシートは日本の専用工場で生産されていましたが、今回のモデルでは車両の生産と同じくアメリカで生産しています。当社の北米の既存工場内で高品質なシートを生産するというのもチャレンジの1つでした。
シマンスキこれまで取り扱っていないレザーや複雑な面形状など、生産のハードルは高いものでしたが、既存工場内にNSX専用のコンパクトで少人数の生産ラインを設計しました。
大型の生産ラインに比べて、組立て精度を大幅に向上させられますが、一人当たりの作業量が多く組立て難易度も高いため、スキルの高いメンバーを選抜し、NSX用のシート組立てチームを結成しました。少数精鋭のスペシャリストチームが丹精込めて造り上げています。この手法により、
プロジェクトを終えて
“NSX”という名に恥じない、すばらしいシートに仕上がった
シマンスキホールド性能を満たしつつ、快適性の目標を達成するのは非常に困難でした。他にも、軽量化や外観品質、コストなど課題はたくさんありましたが、プロジェクトメンバーの全員が、アイデアを出し合い協力してくれたおかげで、“NSX”という名に恥じない、すばらしいシートに仕上がったと思います。
こういったスーパースポーツモデルが発表されたときのメディア記事は、エンジンやスタイル、走行性能などが話の中心になると思いますが、私が見かけたいくつかの記事では「快適性の高さ」や「ドライビングポジションの良さ」など、シートについて言及されており、「人を中心に考えられた設計」という開発コンセプトが実証されたようでたいへん嬉しいですね。
ジャーナリストの方々の評価も上々ですが、今後はより多くのユーザーの皆さまに、このシートを体感してもらいたいですね。