技術TOPインタビュー
どのような技術が、競争力の源泉となっているのでしょうか?
テイ・エス テックグループは、「安全」「環境」「魅力商品」を軸に、世界をリードする先進的な技術の研究開発を目指しています。「安全」については、完成車メーカーとの連携の下、北米ではNHTSA※1やIIHS※2、日本国内では国土交通省など各国の機関から情報を取得しながら、数年先を見据えて安全基準を満たした製品開発を進めています。当グループは、「安全」において、業界の先駆けとなる取り組みを行ってきました。例えば、衝突時の衝撃を忠実に再現する「ダイナミックスレッド試験機」を日本で最初に導入し、あらゆるケースを想定した試験を実施し、乗員の「安全」を守る技術を追求し続けてきました。当社製品と「安全」の歴史を振り返ると、2000年代に入ってから大きな進化がありました。2005年、当社は主要顧客である本田技研工業株式会社向けに乗員の頚部への衝撃を緩和する「アクティブヘッドレスト※3」を導入し、衝突時の安全性向上に貢献しました。そこから安全性能を高めるフレーム構造などの研究・開発が加速した結果、現在では当社製品を搭載する全車種が、世界中の自動車アセスメントにおいてシートに関連する安全性能で最高評価を獲得するなど、当社製品は世界トップクラスの安全性能を誇っています。
「環境」については、自動車業界に属するメーカーとして持続可能な社会の実現に向けて循環型のモノづくりや車の燃費向上への貢献が求められています。当グループでは、シートづくりに化石燃料を使わない、サステナブルマテリアル(植物由来の材料)の適用を検討してきました。しかし、そういった材料を使おうとすると「コストが高くなる、座り心地が悪化してしまう」といった問題があります。そこで、ネガティブな面をシート構造によって解決できないか、実用化へ向けた継続的な研究開発に取り組んできました。現在は完成車メーカーもサステナブルマテリアルの採用に向けた動きを本格化させていますので、製品に適用できる技術を確立させ、いち早く世に出すことで、持続可能な社会の実現に貢献するとともに、当グループの技術競争力にもつなげたいと考えています。
「魅力商品」については、当グループは創業当時から「快適さ」を追い求め続けてきました。シートの座り心地や疲れにくさというフィーリングの領域は、人によって感じ方が異なるものです。そこで、モノづくりの裏付けとするためフィーリングを数値化し、定量評価できる独自のノウハウ・技術を蓄積してきました。乗員の体を支えるシートの快適性を実現させるべく、定量評価を用いて人間工学に基づいた研究を重ね、テイ・エス テック独自の理論を構築することで、より快適なシートの商品化に取り組んでいます。また、「快適さ」は多様で奥深く、そして時の流れとともに無限に進化していくものです。広さが限られる車室内を有効活用し、利便性を高め、いかに楽しく過ごせるかということも「快適さ」の一つと捉え、さまざまなシートアレンジを可能とする「ファンクション・シート」の創出により快適性向上に取り組んできました。少ない操作で床下に格納できる3列目シートや1本のレバー操作で前後はもちろん左右にもスライドできる機構を搭載した2列目シートは、さまざまなシートアレンジを可能としています。また、シチュエーションに合わせて自在に回転・移動させたり、収納できるといった、これまで生み出してきた多彩なシートアレンジ技術は、ご覧になった自動車メーカーの皆さまから驚かれることもあります。こうした「安全」「環境」「魅力商品」の各領域で蓄積してきたコア技術が、当グループの競争力を支える基盤となっています。
- 1 NHTSA(National Highway Traffic Safety Administration):米国運輸省道路交通安全局。自動車や運転者の安全を監視する部局
- 2 IIHS(Insurance Institute for Highway Safety):米国道路安全保険協会。自動車保険会社によって設立された、自動車の安全性評価を行う非営利団体
- 3 アクティブヘッドレスト:後方衝突時、体でシートが強く押される反動を利用してヘッドレストが前方移動し、頸部ダメージを大きく軽減する機構
第14次中期経営計画での成果を教えてください
第14次中期経営計画(2021年3月期~2023年3月期)で掲げた7つの重点施策のうち、技術領域に直結していたのが「オリジナル技術の商品化」です。これまでも「愛されるシート※4」や「イノヴェージ※5」など、オリジナル技術の創出に取り組んできましたが、これをさらに加速させることで、顧客の潜在ニーズを引き出す魅力ある商品開発と将来にわたる収益源泉の確保を目指しました。
商品開発を行う上で、今後のターゲットとなるCASEやMaaSといった新たな領域では、これまで以上に求められる技術が複雑化、高度化し、企業や業界の枠を超えたパートナーシップが不可欠となります。これに対する一つの取り組みとして、2022年1月にはアルプスアルパイン株式会社と業務提携契約を締結しました。そして、両社の異なる知見を持ち合い生み出したのが自動車用シートとVR技術を融合した「XR Cabin」です。ユーザーが過ごすさまざまなシチュエーションや楽しみ方を想定し、シーンごとに求められる新しい価値を、シートとそれに連動するVR映像を用いて、未来の車室内空間のあり方や私たちの持つ将来技術を体験いただけるキャビンとして具現化しました。その他にも、他業種・スタートアップ企業との共同研究や産学連携を通じ、これまでのシートの概念を超えた技術や商品開発を行っており、次世代自動車をターゲットとした商権拡大につなげていきます。
もう少し近い将来の目線では、四輪車用シートの主要構成部品であるシートフレーム(骨格)の商品価値向上に向けた研究開発を進めてきました。現在の主力シートフレームをさらに進化させた次世代シートフレームは、世界トップクラスの軽さとより幅広い車種のニーズを満たせる拡張性を持たせています。生産面でも、ロボットでの自動化を前提とした設計思想を取り入れており、生産効率性が大幅に向上することで、長期にわたって競争優位性を維持できると見込んでいます。
- 4 自動車用シート技術とIoTを融合し、乗員の動きをセンシングし、シートをコントローラーとして活用できるシートシステム
- 5 呼吸や心拍、運転姿勢のセンシングや、自動運転を想定したシートアレンジなど、当社が持つ未来技術を結集し、次世代の車室内空間を提案した東京モーターショー2019出展品
大変革期にある自動車業界で、どのような技術開発に取り組んでいますか?
現在推進している第15次中期経営計画(2024年3月期~2026年3月期)では、重点戦略の一つに「キャビンコーディネート機能の獲得」を掲げ、「XR Cabin」で示したような未来の車室内空間を想定した研究開発をさらに加速させています。自動車が単なる移動手段ではなくなり、移動時間が持つ価値が変わる時代において、シートだけでなく内装全体でクルマに乗る人が快適に過ごせる車室内空間を提案できる企業になることを目指します。これは、内装部品全領域に手を広げて事業運営を行うというものではなく、他業種企業と協力し各社の強みを結集させ、シートをコアとした魅力あるキャビンを生み出していくことを意味してます。
完全自動運転車のような次世代自動車が普及した時、移動時間にどのようなニーズが生じるのか、自動車メーカー含めて各社が模索している最中です。私たちはこのキャビンを通じて「こんな体験ができるのか」と感じていただけるような新たな移動時間の過ごし方を提案し、自動車メーカーやエンドユーザーの潜在ニーズを掘り起こしていきたいと考えています。また、キャビンに搭載されている数々の先進技術は、それぞれ独立したシステムとしても活用できます。各技術を随時量産車へ採用いただくことで、未来を見据えながら足元での着実な事業成長にもつなげていきます。
次世代自動車を見据えた時、EV化への対応も重要な研究開発テーマとなります。内燃機関と異なり、電気自動車になってもシートがなくならないのは確かですが、その形や機能は変化させていく必要があります。一つは薄型化です。電気自動車では、床下にバッテリーが設置されることでフロアの高さが上がり、加えて、空気抵抗を低減させてクルマの電費を向上させるためにルーフの高さが抑えられることで、車内高(フロアから天井までの距離)が低く設計されることが想定されます。少しでも車室内の広さを確保するために、シートは従来よりも薄くすることが求められます。私たちはシートフレーム構造やクッション材の形状、各素材自体の見直しなど、さまざまな観点から安全性や快適な座り心地を維持したままこのニーズに応える研究開発を推進しています。他にも、従来から注力している軽量化技術や、人が暖かさを感じる首や腿を集中加熱することで、快適さとヒーター消費電力低減を両立する省エネルギー加温技術など、電気自動車の航続距離延長に寄与する技術や商品の開発に取り組んでいます。
また、シートを用いた生体センシングは、将来の強みになり得る技術と捉え開発を加速させています。現在、開発を行っている「ヘルスケアシート」では、乗員が座ると姿勢を自動認識して筋肉をマッサージし、理想的な姿勢への改善を促したり、乗員の脈拍や心拍などのバイタルデータを計測して、そこから体調の変化を予兆するといった、座るだけで安全や健康をサポートする機能を搭載しており、今後の製品化を期待しています。
開発商品
これまでにない速さで進む技術革新により、車室内空間に求められるニーズはこれからも大きく変わっていきます。それでも、当グループが常に追い求めてきた「快適さ」は、今後も変わらず求められ続けると信じています。蓄積してきたコア技術をさらに磨き上げ、異なる知見と融合することで、「快適さ」はもとより今後生まれ来るニーズに応える研究開発に取り組んでいきます。
さらなる事業成長に向けた課題は?
現在、私たちはたくさんの自動車メーカーの皆さまへ「XR Cabin」を用いた次世代技術のプレゼンテーションを行っています。「ぜひ採用を検討したい」と関心を抱いていただくことが多い一方で「新興サプライヤーからの提案はもっと大胆なものが多く、比較するとワクワク感が足りない」という評価も少なからずあります。私たちの発想が、量産可能性などを考慮し過ぎてしまい、これまでの常識の範囲内にとどまってしまっているのだと真摯に受け止めています。発想を活性化させ、自動車の既成概念にとらわれない提案を生み出していくためには、私たちが変わっていく必要があります。
そのための一つの取り組みとして、若い社員だけの開発プロジェクトチームを発足させました。通常、当グループでは「LPL(ラージプロジェクトリーダー)体制」で新製品の開発を行っており、ベテランのLPLがプロジェクトを取りまとめ、企画立案から量産までのトータルマネジメントを行っており、効率的な開発推進ができる半面、若者の自由な発想を活かせる余地が少ない体制でもあります。これに対し、新たなプロジェクトチームでは外部からさまざまな知見を取り入れ、自分たちの殻を破った提案を生み出すことに主軸を置いた活動となっており、今後のアウトプットを期待しています。また、「キャビンコーディネート機能の獲得」に向けたさまざまな共創活動は、外部からの知見を取り入れる手段となっています。自動車用シートに関係した共創のみならず、空飛ぶクルマの開発を行っているテトラ・アビエーション株式会社との共同開発など多様な企業とのオープンイノベーションを加速させており、自動車業界の常識を超えた車室内空間の創造へとつなげています。
また昨今、自動車業界では中国メーカーの台頭が著しく、それらの企業は、通常では数年かかるような開発を、24時間体制で進め半年で完了させてしまうといった異次元の開発スピードを確立しています。これは私たちにとって脅威であり、今後、中国メーカーへ追従するように自動車業界全体で開発スピードが加速していくことが見込まれます。そのような中でも、私たちが競争力を高め、既存メーカーはもとより、中国をはじめとする新興メーカーからも新規商権を開拓し持続的な事業成長を遂げていくには、彼らの開発スピードに追いつき、凌駕していかなければなりません。当グループでは地域ごとに開発拠点を設置し、各地域のニーズへ柔軟でスピーディーに対応できる開発体制を構築してきました。しかしながら、コアとなる技術開発は日本を中心に行っており、一段と開発スピードを上げるためには、日本はもとより各地域でエンジニアの育成と開発能力増強が不可欠です。
これに対し、AIやIoTを活用した自動化・効率化システムへの積極的な投資や、日本と海外開発拠点との技術支援交流、各開発拠点の規模拡大など、各国での開発能力を高める取り組みはもちろんですが、特にエンジニアの育成を含む「人」への投資を加速させていきます。私は、企業の競争力は人から生まれるものであり、当グループの企業理念である「人材重視」「喜ばれる企業」の実践こそが今後の事業成長の鍵を握っていると考えています。開発競争が激化する中では、どうしてもエンジニアの負担は増加します。また彼らは、1機種の開発が終わればすぐに次期機種へと取り掛かり、常により高い性能を目指す使命の下、ゴールのない戦いを続けています。DXなど専門知識教育の拡充や積極的なキャリア採用といった、高度な専門人材の育成・確保といった機種開発に直結する取り組みのみならず、エンジニアを適切に評価・処遇する体制づくりをはじめ、一人ひとりがモチベーションを高め、活き活きと働いていける環境づくりに向け、人への投資を惜しみなく行っていきます。
サプライヤーにとって技術力は、持続的な事業成長を支え、企業価値を向上させる根幹となります。これを支える人材を育み、テイ・エス テックが創業から培ってきたシートづくりのノウハウ、モノづくりへの情熱を継承しながら、100年に一度と言われる大変革期にある自動車業界に新たな価値を提供することでさらなる事業成長を果たしていきます。