“スーパースポーツ”の名に恥じないシート Acura NSX 2016年5月発売

約10年の時を経て復活したHondaのスーパースポーツモデルAcura「NSX」。
先進技術を融合させて、新たな走りの喜びを提案する新型「NSX」に搭載されている
シート(座席)の開発について、プロジェクトメンバーにお話を伺いました。

profile

チーフエンジニア
LPL(ラージ プロジェクト リーダー)

ダン シマンスキ

2007年、米州統括会社に入社。各セクションマネージャーと共に製品企画部門を立ち上げ新機種開発に携わる。今回のプロジェクトではLPL(ラージ プロジェクト リーダー)を担当。

チーフエンジニア

井上 貴之

2002年テイ・エス テック入社。設計部門にてシート設計を担当。2012年よりアメリカに駐在。今回のプロジェクトではシートの設計領域の取りまとめを担当。

チーフエンジニア

生澤 晃

2001年テイ・エス テック入社。試作技術部門にて試作を担当。2012年よりアメリカに駐在。今回のプロジェクトではシートの試作領域の取りまとめを担当。

プロジェクトの背景

シマンスキ:
NSXはHondaのAcuraブランドフラッグシップ(最上位機種)であり、初代NSXが登場したときには業界に衝撃を与えたことを今でも覚えています。クルマの歴史にとっても重要なモデルと言えるのではないでしょうか。
そのNSXが約10年の時を経て復活するにあたり、シート開発を任されることになったときは 「“NSX”の名前に傷を付けないように、一層ステータスを上げるようなシートを開発しなければ!」と責任を感じましたね。
開発にあたっては、フレーム(骨格)の基本設計のみ日本で行われ、以降の開発は我々北米のプロジェクトメンバーに全面移管されました。

ホールド性と快適性の高次元での両立

シマンスキ:
お客さまから提示されたNSXの開発コンセプトは、「人を中心に考えられた設計」であり、高性能かつ、ドライバーにとって扱いやすく、より快適でありながら安全性を兼ね備えるというものでした。
そのコンセプトを踏まえたシートを開発するにあたり、NSXはスーパースポーツモデルなので、高次元での旋回速度でも乗員の身体をしっかりと支えるホールド性が非常に重要となりますが、合わせて高い快適性も両立することを目指しました。
ベンチマークに設定したスーパースポーツモデルのライバル車のシートをいくつか研究しましたが、それらの多くがサーキットを走るときは非常に優れたホールド性を発揮している反面、若干快適性が犠牲になっているようにも感じました。
一般的にホールド性のみを追求してしまうと快適性は損なわれやすくなります。どちらか一方だけを満たすのはそれほど難しくないのですが、ホールド性と快適性の両方を高い次元で両立するのは非常に難しく、快適性にこだわり当社が培ってきた技術・ノウハウを注ぎ込んでいます。
井上:
例えば、ホールド性を高めたい場合、大きなボルスター※1を備えれば良いのですが、そうすると日常運転では邪魔になり、快適性や乗降性が失われてしまいます。そこで、それら機能性の絶妙なバランスを、シートの面形状やウレタン(クッション材)の柔らかさを変えたさまざまなパターンを検討し、実際の試作品も数多く造って、社内で総合的快適性を評価するエキスパートに、NSX特有のコーナリング時の挙動や車高の低いスポーツカーの乗降性、そして長時間運転しても疲れにくいかなど、さまざまなフィーリングの確認を行い、仕上げていきました。
  • ※1 ボルスター … シートの座面・背もたれ部の左右に張り出した“膨らみ”の部分

生澤:
特にこだわったのはボルスター部分で、柔らかさの違うウレタン材を幾層にも重ねて使い、ドライバーの体格差を吸収しつつ、スポーツドライビングに最適なホールド性を実現しています。
合わせて、高級車としての風合いを最大限に引き出すために、そのボルスターには通常の2~3倍の厚みのあるワディング材※2を使用しています。これにより、乗り込んだ際の初期タッチが柔らかく高級車としての上質なフィーリングを感じてもらえると思います。
ただ、厚みがある素材を使うと、見た目がボテっとするため、デザインコンセプトの「シャープさ」を再現するのには苦労しましたね。
  • ※2 ワディング材 … 表皮材とウレタン材との間にあるスポンジ状の素材

シャープなスタイリングでかっこよく

生澤:
フラッグシップとなるスポーツカーですので、お客さまのスタイリングへの想いも強く、シートに関しても、シンプルな構成ながら複雑な面形状が求められました。
デザインにネガ形状(図1参照)の部分もあったのですが、試作するとトリムカバー※3を被せる際に、どうしても表皮が浮いてしまったり、また、浮かないようにするため表皮を強く張ると形状が潰れ過ぎてしまいました。
縫製箇所等を試行錯誤してもやはり浮いてしまうところは、手間がかかりますが接着工法を部分的に使ったり、コンセプトを崩さずにデザインを再現する方法を探りました。
その甲斐あって、ネガ形状を上手く再現し、デザイナーの想いに応えた性能とシャープなスタイリングを満たすシートに仕上がっていると思います。
  • ※3 トリムカバー … シートの表皮形状に合わせて布地を裁断・縫製したもの
  • 図1:面形状
生澤:
また、座面中央にあるアルカンターラ®※4表皮への加飾ステッチ※5は縫製の距離が非常に長く、さらにカーブに沿った均一なラインは通常のミシンでは難しいため、プログラミングによる自動ミシンを導入して、綺麗なカーブや均一な幅でのステッチを実現しています。
  • ※4 アルカンターラ® … 耐久性や通気性にも優れたスエード調人工皮革
  • ※5 加飾ステッチ…飾りのための縫製箇所
表皮のカーブに沿った加飾ステッチ

より軽く!より低く!

シマンスキ:
スポーツカーにとっては“軽量化”も重要な課題となります。その軽量化に貢献するため、今回のシートフレームには、強度や加工・生産性などを考慮し、スチールとアルミそれぞれの素材の長所を活かした複合シートフレームを採用しました。
ですが、異なった金属を接合させると、その部分に電位差※6が発生し腐食を起こしてしまいますので、複合素材の結合技術も取り入れています。
  • ※6 電位差 … 金属はそれぞれ固有の大きさの電気特性を持っており、その差が大きいほど異金属同士が接触した際に腐食しやすくなる。
井上:
臀部(お尻)を支える箇所には、アルミ板をプレス成形したフレーム構造を採用しており、鉄と比べると1kg近く軽量化が図れました。
また、お客さまから「車高やヒップポイント※7を最大限低くしたい」との要望があり、この構造の採用によって、軽量化とともにヒップポイントを下げることができました。
ヒップポイントを下げることが難しい理由は、臀部を支えるフレームを低く設置してしまうとシート座面内部のスペースが限られ、ワイヤーハーネス(配線)やその他機構を収める場所が無くなってしまうためです。現代のシートには、サイドエアバックやシートの位置・角度調整用のモーターなど電子デバイスが多く、それらをコントロールするため、ウレタンの下にはワイヤーハーネスが張り巡らされおり、シートが可動する際の干渉などまで配線が綿密に設置されています。
このフレーム構造のおかげで、NSXは臀部とフロア(床)の距離をギリギリまで詰めて低く設置していますが、ワイヤーハーネスの配線設計には苦労しましたね。
ワイヤーハーネス以外にも、ウレタンをなるべく薄く、かといって、快適性を損なわないように、厚さや柔らかさなどいろいろ検討した結果、スーパースポーツモデルらしい低いヒップポイントと高級車らしい快適性を実現しました。
  • ※7 ヒップポイント … 車のシートに腰掛けたときのお尻の位置。車高を低くし低重心化した方がスポーツ走行には有利とされているが、車内空間が制限されるため、ヒップポイントを下げたシートでなければ乗員が収まらない。

今までにない最高品質をお客さまに

シマンスキ:
NSXは価格帯が高いモデルのため、求められる期待値もとても高く、外観品質についても今までにないくらいこだわっています。
例えば、表皮素材は、標準仕様でもミラノレザーやアルカンターラ®と呼ばれる高品質なものを使っています。また、セミアニリンレザーと呼ばれる、欧州の高級車などで採用されている高級なレザーを採用したハイグレード仕様も開発しました。
セミアニリンレザーは、表面塗装※8が通常より薄い仕上げとなっているため、革本来の風合いや柔らかな肌触りを感じられると思います。
通常の革は、小さな傷であれば、表面塗装等の加工工程で見えなくなりますが、セミアニリンレザーは塗装が薄い分、ごくわずかな傷でも目立ってしまいます。そのため、通常より厳しい表面状態の検査を行い、スムースで上質な部位を選別しています。
  • ※8 表面塗装 … 自動車用シートのレザーには、直射日光や衣服との磨耗などからの耐久性を持たせるため、しっかりとしたコーティングが施されているものが一般的。塗装が厚いと丈夫になるが、革本来の風合いは損なわれてしまう。
生澤:
加えて、通常より柔らかい生地のため、縫製の際も傷をつけないように細心の注意を払いながら造っていますし、縫製が終わった後、トリムカバーを組立工場に運ぶ際もNSX専用の輸送ラックを用意して工場間を搬送しています。
これら表皮や縫製の話はほんの一例で、手間やコストをかけてでも車格に見合う最高品質をお客さまに届けたいという願いでシートを造っています。
革本来の風合いや柔らかな肌触りを感じられるが残る 柔らかなセミアニリンレザー

スペシャリストによる専用生産ライン

初代NSX用シートを製造していた栃木工場

井上:
前モデルのNSXのシートは日本の専用工場で生産されていましたが、今回のモデルでは車両の生産と同じくアメリカで生産しています。当社の北米の既存工場内で高品質なシートを生産するというのもチャレンジの1つでした。
シマンスキ:
これまで取り扱っていないレザーや複雑な面形状など、生産のハードルは高いものでしたが、既存工場内にNSX専用のコンパクトで少人数の生産ラインを設計しました。
大型の生産ラインに比べて、組立て精度を大幅に向上させられますが、一人当たりの作業量が多く組立て難易度も高いため、スキルの高いメンバーを選抜し、NSX用のシート組立てチームを結成しました。少数精鋭のスペシャリストチームが丹精込めて造り上げています。この手法により、前モデルを上回る、最高品質のシートの供給を可能にしました。
計測器を使ってパーツの取り付け精度をチェック
シワや傷がないか厳しくチェックされる
NSX用シート組立てチーム

プロジェクトを終えて“NSX”という名に恥じない、すばらしいシートに仕上がった

シマンスキ:
ホールド性能を満たしつつ、快適性の目標を達成するのは非常に困難でした。他にも、軽量化や外観品質、コストなど課題はたくさんありましたが、プロジェクトメンバーの全員が、アイデアを出し合い協力してくれたおかげで、“NSX”という名に恥じない、すばらしいシートに仕上がったと思います。
こういったスーパースポーツモデルが発表されたときのメディア記事は、エンジンやスタイル、走行性能などが話の中心になると思いますが、私が見かけたいくつかの記事では「快適性の高さ」や「ドライビングポジションの良さ」など、シートについて言及されており、「人を中心に考えられた設計」という開発コンセプトが実証されたようでたいへん嬉しいですね。
ジャーナリストの方々の評価も上々ですが、今後はより多くのユーザーの皆さまに、このシートを体感してもらいたいですね。

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